脱出のトライアングル -シーズン1「発症から苦しみの道程」ー⑦初めての入院
今まで通院していたクリニックには入院施設がないため、僕は紹介状をもらい入院施設のある病院を受診した。
入院に対する拒否感や抵抗感は全くなかった。
とにかく、この多くの症状が治まって欲しい、この一心だった。
薬を飲んでも一向に改善しない症状。
自宅にいてもゆっくりできない状況や妻に申し訳ないという自責感。
職場でも皆に迷惑をかけてしまうという自責感。
これらの症状や状況を少しでも改善できればと思い、新しい病院を受診した。
かなり混雑している待合室で、僕は落ち着きいなく周りを見渡していた。
全く落ち着きのない自分。
受診を待っているだけなのに、いてもたってもいられない落ち着きなさ。
何に対する不安感がわからないが、不安と恐怖で落ち着きがない。
この診察を待つまでの時間は、本当に長く倒れてしまいそうだった。
受付をして1時間ほど待っていると、臨床心理士さんの問診で呼ばれ、面談室に入った。
面談室に入った僕は、聞かれていることには一応何とか返答しているものの、本当に極限の状態であった。
臨床心理士さんの質問をやっとの思いで聞くことができるが、頭に入ってこない状況であった。
今までの経過や症状、不眠が続いてること、、、とにかく不安感や恐怖感があり、日常生活に支障をきたしていることなど、極限の状態である中、何とか何とか伝えることができた。
問診を担当してくれた臨床心理士さんは根気よく返答を待ってくれ、何とか問診を終了することができた。
問診だけで疲れた僕は、満身創痍になりながら、再び待合室で医師の診察を待っていた。
待つことがこれほど辛いとは、、、今まで生きた中で一番長く苦しい待ち時間だった。
問診を終えた1時間後、やっと診察に呼ばれた。
妻と一緒に診察に入った。
問診の時と同じように、今までの症状や状況、入院治療を希望していることを満身創痍ながら医師に伝えた。
医師からは、
「抑うつ状態ですね。うつ病です。ものすごく疲れている状態で、元気がない状態です。早く入院してしっかり休んだ方が良いですね。」
僕は絶句してしまった。
涙が溢れてきて止まらなかった。
妻に対して、
「ごめんね。ごめんね。」
と何度も泣きながら謝った。
診察の最中でありながらも、何度も何度も妻に泣きながら謝った。
そこにはプライドも何もない、、、医療従事者という肩書もない、、、
もう何もない状況の素の僕があらわになった。
今まで我慢していた心境を、すべて含めて妻に申し訳ない気持ちだったの。
医師から、
「入院の予約をしてもらいますから、担当の者が案内しますので待合室でお待ちください。」
僕は、何も聞き入ることができない状況だった。
妻に申し訳ない気持ちだけ、それだけであった。
仕事人間だった僕は、ろくに家族サービスもしないで結婚生活を送っていた。
妻に寂しい気持ちを与えてきた結婚生活だった。
僕が仕事だけであったために、家庭をことを必死に頑張ってもらった妻。
本当に負担をかけてきた。
恩返しをしていないのに、僕はうつ病になってしまった、、、本当に申し訳ない。
診察中や診察後もこの気持ちで一杯であった。
入院の手続きの案内のために担当者が来た。
僕は、もうすでに朦朧状態だったが、入院病棟などを見学して。翌日入院予約を入れた。
もう自宅にいても、妻に迷惑をかけるだけ、職場でも迷惑かけるだけ、すぐに入院した方が良いと判断していたので、翌日に入院を決意した。
(タイミング良く入院病棟に空きがあったのが幸運だった。)
医師から、
「入院してから薬の調整をします。」
とのことで、その日は薬の処方はなかった。
「今日一日また不安感と不眠で苦しむのか、、、。」
と不安があるが入院が決まったことで、少し安心感があったのを覚えている。
診察の帰りに、入院に必要な買い物を済ませ、自宅に帰った。
職場や実家に電話し入院が決まったことを伝えて、入院する手筈が整った。
電話では何を話したか覚えていない。
うつ病というショックと、疲労感でもはや頭が機能していない状況であった。
精神科での初めての入院、、、僕が患者として入院したのいでは、20年前に虫垂炎で手術した5日間だった。
たった5日間だったのに入院生活が嫌で嫌で仕方がなかったのを覚えている。
今回の入院はどのくらいの期間になるのか、症状が本当に改善するだろうか。
色々と頭に浮かんでくるので、その日は眠ることができなくなった。
寝ないまま朝を迎え、入院するため8時に自宅を出た。
昨日と同様に混雑している待合室、、、昨日の疲れもあり、昨日よりもさらに満身創痍な状態で待合室で診察を待っていた。
1時間後、順番が呼ばれて診察室に入った。
「入院期間は一応3か月です。」
医師から聞いたその3か月という期間に怖くなってしまった。
「3、、、3か月、、、。」
虫垂炎のときのたった5日間でも苦痛だった僕は、3か月と聞いて事の重大さをさらに強めていった。
うつ病というのは、虫垂炎や風邪とは違い長い時間がかかるんだ、、、やっかいな病気になったんだな、、、。
そこには絶望しかなかった。
「焦らず、慌てず、諦めず。今はすべてを放棄して治療に専念した方が良いです。」
医師からは、今の僕の状態があまりよろしくないことも聞いた。
「焦らず、慌てず、諦めずか、、、死ぬかもしれない病気なんだ、、、。」
僕は、入院が決まってからも、
「死ぬかもしれない、、、死ぬかもしれない、、、。」
と命の危険に怯えていた。
もし、〇〇があったら突発的に何かやってしまうかもしれない。
その恐怖がいつも頭にあり怖かった。
うつ病は、死を意識してしまう病気であり、死を自ら呼んでしまう病気なのかもしれない。
自分は死のうとしなくても、病気が勝手に死を呼び込んでしまう。
この死の恐怖に怯えて怖くなり、負のスパイラルに陥ってしまうのはないか。
うつ病は死を意識してしまう。
僕は、死のうとは思っていないのに、いつも死の恐怖と戦っていたと思う。
診察が終わり、諸々の入院手続きを済ませた僕は、入院病棟に案内されて、自分の部屋に入り、妻は帰った。
僕が入院した病棟は開放病棟であり、明るく落ち着きのある病棟であった。
自分の部屋は個室であり、リラックスできる空間であった。
入院ための荷物を整理しているが、頭が重く夢の中にいる感覚であったため、要領よく整理することができなかった。
かなりの時間をかけてようやく荷物の整理して、外に煙草を吸いにいった。
初めての病院、初めての入院で訳も変わらないのに加えて、抑うつ状態で頭が機能していない。
煙草を吸うことがやっとあった。
部屋に戻り、担当の看護師さんが入院の問診をとり来た。
担当の看護師さんと話しだすやいなや、私は涙が出てきて号泣してしましった。
涙で涙で、話にならない。
それでも気長に話を聞いてくれ、色々な話をしてくれた。
「イライラすることがあったでしょう。頭がうまく働かないかったでしょう。眠れなかったでしょう。食欲もなかったでしょう。」
と、今まで症状とどんぴしゃりのことを質問されて驚いた。
「それはすべてうつ病の症状ですよ。うつ病は治る病気と信じていますので、ゆっくり休みながらいい方向に向かいましょうね。」
と、勇気づける言葉をいただいた。
「うつ病は治る病気か。その希望は持って治療に専念しよう。」
と心に決めた。
しかし、妻に申し訳ない気持ちや職場への申し訳ない気持ちで胸が一杯になる。
「それもうつ病の症状で、自責感といいます。うつ病の人は自責感が強くなり、自分を責めてしまって苦しんでしまうこともあります。」
自責感もか。すべてうつの症状なんだ。
僕は、医療従事者であるが、自分の症状となると急に無知になってしまうことも、自分が病気をして初めて理解した。
頭が機能していないのもうつの症状、希死念慮もうつの症状、自責感のうつの症状、のぼせ、動悸、食欲の低下、胃痛、下痢、のどの違和感、不安感、恐怖感、緊張感、、、これらすべてうつの症状であることがこの時教えもらって初めて知った。
今までの症状はすべてうつ病の症状、、、医療従事者の僕が知らなかったのに、他の人も理解することができないと思う。
これだけ多様な症状がのがうつ病である。
多様な症状である故に、周りに理解されるのは難しいだろう。
目に見えて把握できる病気ではないし、、、。
病気は自分がなってようやく理解できるものである。
特に、精神疾患のように見えてわかるような病気ではないので、理解されることは少ないでしょう。
休めば治る、、、そのような単純なものではない。
健常者が1~2日間休んで疲れが取れるような身体的、精神的な脳の疲労ではない。
だから、入期間が3か月必要なんだと思う。
担当看護師さんの入院時面談が終わり、何もすることがなくなった。
担当看護師さんからは、
「ゆっくりしてください。1、2日お風呂に入らなくなても大丈夫です。とにかく休んでください。」
と言われたものの、胸のザワツキや不安感で休まることができない。
休むことができないから、外に煙草を吸いにいくしかない。
部屋と外に煙草を吸いに行くの行ったり来たりを繰り返していた。
夕方になり、不安や胸のザワツキが強くなってきたので、担当看護師さんに相談した。
「医師から頓服薬が出ていますので、飲んでみますか。」
薬に拒否反応があったが、入院中だしと思い、頓服薬をもらうことにした。
飲んで1、2時間、、、効果がなし。
「全然効いてない、、、この薬も効果ないんだ、、、俺大丈夫か、、、」
さらに不安になった。
ベッドに横になっていることもできず、テレビのあるラウンジ風なところに座って本でも読もうとするが、当然ながら頭に入ってこない。
写真がメインの本にも目を通すが、さっぱりだった。
希望や安らぎがないのが本当に苦痛であり、落ち着かない。
夜ご飯の時間になり、食事を食べた。
なんと病院食をすべて食べることができた。
「こんなに食べたのは何か月ぶるだろうか。」
味覚が良くわかなかったので、味については何とも言えないが、すべて食べられたことに素直に嬉しく思った。
食事後、体重測定をしてみた。
10キロも減少していた。
穿いていたズボンもスポスポだったし、上着も着られているようであり、ガブガブであった。
その日の夜、眠剤が変更になったわけではなかったので、当然眠れない。
うつ病は眠れない病気である。
寝ない病気でなく、眠れない病気である。
11時頃に入眠し、1時頃目が覚める。
入院したばかりで、ナースコールを押すことをためらい、そのまま起きていた。
眠れないことがこんなに辛いとは、、、。
入院して多少冷静になったせいか、不眠の辛さが身に染みた。
眠れないとネガティブなことばかり考えてしまう、、、自責感、無力感、先の見えない不安、焦燥感、様々な身体的な症状、、、
不眠はヒトをだめにしまう。弱めてしまう。思考をネガティブに変えてしまう。
疲労感を募らせてしまう。
何も良いことはない。
眠れない苦痛を我慢しながら、次の日を迎えた。