脱出のトライアングル -シーズン1「発症から苦しみの道程」ー⑩薬の効果

新しく精神安定剤が追加になり、僕は徐々にではあるが動悸や息切れ、下痢、食欲不振などの身体的症状および、不安や恐怖感といった精神症状が安定してきた。

 

それは、服用して1週間後くらいで感じてきたことである。

 

検温のときも、看護師さんからは、

 

「表情が少し穏やかになってきましたね。」

 

と言われた。

 

毎日、毎日号泣していた僕なだけに、看護師さんもやや驚いたようであった。

 

朝起きても、強い不安感に押しつぶされることはなくなり、発症からの苦しい2か月間の中一番落ち着いていた。

 

「たった朝夜の2錠しか飲んでいないのに、薬ってこんなに効果があるんだ。」

 

と薬の力に感服した。

 

日中も、不安感で身動きができなかったのが、少しずつではあるが不安がない時に、動くるようになり、病室からもでられるようになった。

 

薬の偉大さを噛みしながら、少し落ち着いたことに安心していた。

 

うつ病がもう治ってきたのかもしれない。」

 

症状が治まってきたことに加えて、動けるようになったことで、”治った”と早合点してしまっていた。

 

これは、薬で一時的に安定しただけであって、決して”うつ病が治った”のではないが、この時の僕は気づいていなかった。いや、うつ病という病気の本質を理解していなかった。

 

身体症状の動悸やのびせ、下痢などは一時的にだいぶ軽くなった。

 

そう、この2か月間苦しめられていた下痢が治まったのだが、今度は便秘気味になっていた。

 

2~3日間便がでないこともあった。

 

便意をもよおしトイレに行くが、今度は便が固くて苦しんだこともたびたびあった。

 

「下痢の次は便秘か、、、。」

 

下痢も苦しいが便秘もすごい苦しい。

 

今までの生活で、下痢は経験したことがあったが、便秘を経験したことがなかったので、人生初の便秘に四苦八苦していた。

 

すっきり便がでないことストレスであり、出たとして非常に苦労した。

 

僕が新しく服用した抗精神薬の安定剤は、中枢神経系に強力に作用し、様々な機能に対して抑制的に働くために、便秘が生じるらしい。

 

水分を多めにとるようにして、便秘にならないように気をつけていくしかないと感じていた。

 

うつ病は、様々な身体的症状と戦うのとともに、薬の作用や副作用とも戦っていかなければならない。

 

脳に作用する薬であるから、様々な副作用が出てきてもおかしくはないが、身体的精神的の両方に副作用が出てくるので、症状なのか薬の影響なのかわからなくなる。

 

しかし、うつ病の身体的症状や精神的な症状ある特に初期には、”薬”で症状を抑えるのは必要であると思う。

 

うつ病の症状が強く出ている急性期は、薬の力を借りて日常生活を穏やかに過ごせるようにするのが大切であると思う。

 

 

入院して2週目、便秘と悪戦苦闘しながらも、あの恐ろしい不安感や恐怖感が軽くなってきた。

 

また、「死」をイメージすることや、「死」に引きずりこまれるような症状も軽くなってきた。

 

否定的認知の3徴も軽くなってきて、

 

「心が穏やかになってきた。」

 

と実感できるようになった。

 

あれほど苦しんでいた症状が軽くなり、医師からは、

 

「そろそろ精神リハビリに参加してください。リハビリで体調を整えていきましょう。」

 

と言われたので、入院のリハビリに少しずつ参加することになった。

 

1週間に6日間あるリハビリプログラムについて、リハビリ担当者からオリエンテーションをうけた。

 

「こんなに出来るのか、、、。また疲れてしまうんじゃないか、、、。」

 

と不安になりながら聞いていた。

 

まだ、”暇”を感じるほど回復はしていなかったが、リハビリをすることで何か良い方向に向かうのではないかと思い、参加できるプログラムは参加しようと思った。

 

うつ病は、【暇】を感じない病気だと改めて思う。

 

友人から、

 

「入院して2週間たったけど、もう暇でしょう」

 

「退屈になってきたでしょう。」

 

と言われたが、全く暇なんて感じない。

 

日々苦しいことと戦っているので、暇を感じることはなかった。

 

頭の中では、不安感やネガティブなことを考えて、押しつぶされそうになっているので、暇を感じるどころか、「もうこんな時間なんだ。」と思うことが多かった。

 

うつ病は、身体的症状や精神的症状といつも一緒に過ごしているので、非常に忙しい病気であると思う。

 

うつ病が甘えとか、暇とか思われていることが非常に悲しくなってしまう。

 

もし、暇と思えているうつ病の方は、ある程度回復した方であると思う。

 

 

僕には、”暇”な時間はなかったが、リハビリに参加することにした。

 

僕が入院した病院には、スポーツジムがあり体を動かすことができる。

 

「ストレッチだけでもしてみようかな。」

 

入院してから2週間、苦しみの中ベッドに横になっていることしかできなかったので、背中や腰が痛くなっていたから、体をほぐす意味でもストレッチに出てみようと思った。

 

リハビリの担当者も、とても良い方であり、

 

「無理することはないですので、自分のペースでゆっくりして下さい。」

 

と笑顔で迎えてくれた。

 

このリハビリ担当者の笑顔には何度も救われた。

 

この病院には、専属の運動インストラクターがおり、運動のプログラムが豊富である。

 

例えば、ストレッチプログラムやダンベル体操、ヨガ、ストレッチポールプログラム、体幹運動、エアロビクスなど曜日によってプログラムされている。

 

この日はちょうどプログラムがなく、マットの上で自分でストレッチをした。

 

ストレッチスペースには、鏡があり自分の姿を見ながらストレッチすることができる。

 

15分程度ストレッチをして、自分なりに体をほぐしながら鏡をみた。

 

「痩せたな。」

 

とつぶやいていた。

 

体重がどんどん減っていた。

 

スポーツジムには体重計があったので、計ってみた。

 

「また減っている。」

 

この2か月で、12キロも痩せていた。

 

体は痩せているのに「体が軽い」と感じない。

 

げっそりした自分を見ながら、ストレッチを終えた。

 

久しぶりに体をほぐしたせいか、本当に久しぶりにスッキリした。

 

「この調子で少しずつストレッチして行こう。」

 

と、少し希望を持てた瞬間であった。

 

うつ病の超急性期には運動など考えてられないが、薬で症状が治まっているのであればわずかな運動は回復につながるかもしれないと思った。

 

まだ症状があるので、急に本格的な運動は無理だがストレッチ程度の軽い運動は気分転換につながるかもしれない。

 

うつ病には運動が良いことは知られている。幸せホルモンのセロトニンが分泌されたり、体を動かしている時は脳をあまり使わないので、多少は気がまぎれるのかもしれない。

 

入院して2週間で、ストレッチをしたことで、やっと少し人間らしい行動がとれるようになってきたのが嬉しくなった。

 

「たった15分程度のストレッチでこのような気持ちになるんだ。」

 

リハビリ後、僕の部屋に看護師さんが来て、リハビリの感想を聞いてきた。

 

「ストレッチはどうでしたか?」

 

僕は、

 

「とても気持ちよかったです。また出ようと思います。」

 

と笑顔で答えた。

 

「無理はしないでくださいね。無理をしても早く治ることはないですので、スローペースで参加してくださいね。」

 

僕はすぐに無理をしてしまうので、看護師さんも心配しているのでしょうと思った。

 

そう、僕はすぐに無理をしてしまう。

 

この無理が病気の引き金であるので、注意していく必要があるんだと思いながらも、、、

 

この先、無理をしていってしまう自分が存在してしまう、、、。

 

入院2週間が経過し、つかみどころのない、対象のない漠然とした不安感が、少しず少しずつ治まってきており、日中は幾分穏やかになったが、夜は相変わらず2~3時間の睡眠であった。

 

うつ病は眠れない、、、。

 

眠れないのは本当に辛い。

 

この先も不眠に悩まされることになる。